北海道はきれいなところだと思いますか?サケマス資源増殖センターでのお話。
きれいに見える北海道ですが、その環境は昔とは全く別のものなのです。
★環境破壊の歴史があって、生まれたこの取組み
北海道の東の端、標津町で世界で初めて始まった地域HACCP.生産から加工、運送まで地域がひとつにまとまらなければこの取組みは成功しません。この取組みの一部をご紹介します。
「標津町港湾管理人 40年木を植え続けた人」のお話をアップしました。Read "A story of a man who was working in a mountain for more than 40 years" Click here to get the article in English
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環境保護は、環境破壊の歴史があって初めて生まれるものなのでしょうか・・・?
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標津町地域HACC
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標津町地域HACCP






 
 
 きれいな水はきれいな土と森がなければそこに存在しない。
 
Shibetsu Chiiki HACCP
40年間木を植え続けた人

 港湾管理人先崎伊佐雄さんの話(「サケがくれた贈り物」より、一部編集)

「あの山に木を植えたのです。」先崎さんが指を指すその先の、海に程近い山は緑にあふれていました。

港湾管理の仕事は平成11年の4月から始めました。この仕事をする前は、林業に携わっており、山に小さな苗木を植え続けてきました。しかし、林業の仕事をしているときに「税金で苗木を買って山に植えて、これが何か人の役に立つのか?」と人から言われたことがありました。そう言われると、山に木を植えることは大切なことだと思う一方で「自分が木を植えることが何の意味があるのか?これは本当に必要なことなのか?」と悩んだそうです。それでも平成11年3月、定年を迎えるまで苗木を植える仕事を続けました。

 今、仕事の場所は山から海へ変わりました。まだ暗いうちから出港した船が帰ってくるまで港では船を迎える準備が行われます。地域HACCPを実施する標津町の港はきれいでなくてはなりません。港がごみで汚れていたり、船を洗浄する際に使用する湾内の海水が汚染されていたとしたら、原料を汚染することにつながりかねないからです。標津町地域HACCPの顔ともいえる港を清潔に保ち、港の安全を確保するために湾内管理を担当しているのが先崎さんの仕事です。

 朝5時、定置船が漁に出て帰ってくるまでの間に湾内の海水をチェックし港に落ちているゴミを取り除きます。湾内の管理は大きくふたつのエリアに分かれており、先崎さんはそのうちのひとつを担当しています。標津の港を一周し、ゴミを拾い集めた後は薫別の港までゴミチェックに行くのです。そのあと燃えるゴミ・燃えないゴミに選別して一度事務所に戻り、網を持って海面にういたゴミを念入りに掬い取ります。数年前に比べると漁師をはじめ港を利用する人たちの意識が高まり、ゴミは減ったといいますがまだまだだそうです。ゴミだけではなく、海の異変にも気を配ります。例えば、油浮きがないか、魚が大量に死んでいないか、動物の死骸が浮いていないか、などです。これらは海水に何か異変が起きている場合に速やかにそれを知ることができるのでとても大事なチェック事項です。

 先崎さんは、ゴミを拾っていくうちに、港のどの場所にゴミがたまりやすいか、天候によって海面のどの場所にゴミが浮かぶのか大体把握しています。

「港は誰でも入れる場所ですし、一番目立つ場所なのです。きれいにするには、ゴミを捨ててはいけないという意識の高まりが重要です。」その日あったことをすべて記録に残します。「私は字を書くのが苦手なんです。でも、この仕事では毎日記録をつけないといけないのですよ。だからこうしていつも辞書を自分のそばにおいておくのです。最近は慣れてきました。新しい字も覚えられますしね。」と語る先崎さんは少し楽しそうに見えました。

 標津町では、たて看板をしたり、ゴミ集めを皆で行うことに加えてある時期から港のゴミ箱を撤去するという手段によって効果を上げました。これを受けて違う地域でもゴミ箱を撤去してみたところ、かえってゴミが乱雑に投げ捨てられたということです。やはり、啓発活動、意識改革あっての「効果」だということでしょうか。同じ方法がすべての場所で有効とは限りません。やはり、一人ひとりの意識を変えていくという地道な方法でしか効果は上がらないようです。

 40年働き続けた山から仕事の場所を海へと移し、先崎さんは語ります。「こうして海の近くで仕事をし、海やサケのことが少しずつ分かるようになってきました。今まで自分が山に植え続けてきた木が、標津の川で生まれて標津の海に帰ってくるサケの役に立っていたんだなぁ、孵化場の稚魚を育てるきれいな水を作るために自分の仕事は役に立っていたのですよ。」

 てきぱきとした動作が印象的な先崎さんは数年前に港湾管理の仕事を退職されました。


標津町地域HACCP
地域活性化に取り組む町、北海道標津町
標津とは、「サケがたくさん帰ってくる」という意味のアイヌ語です。サケと標津町は切ってもきれない関係にあります。サケの一生とともに標津町での取り組みをご紹介します。
1.サケの誕生
忠類小学校をはじめ、標津町内の川などでサケが孵化。子供たちはサケが無事に川を泳ぎ、海にたどり着くことを願って「サケ放流式」を行う。サケが帰ってこれる川とは?サケがいやがる環境とは?考え、サケがたくさん帰ってこれるよう川の清掃などに取り組む。

2.サケが川を泳ぎ海へたどりつく
もしも川が汚染されていたら、サケは川を無事に泳ぐことができない。健全な河川環境は周辺の森や土壌が美しく保たれてのこと。人間が生活をしている限り、自然はの浄化力だけで健全な環境を保つことができない。そこには必ず人間の、環境への能動的な働きかけが必要です。そこで、漁師たちは自分たちにできることを考え、婦人部会、サケ定置部会のメンバーで森林に植林を始めました。こうして昔に比べてかなり破壊が進んでいた標津町の環境も少しずつ変っていったのです。

3.サケ、ついに大海へ
港湾の環境を整備し、脂漏れなどを起こさぬよう厳重にチェックします。

d.サケの回帰ルート周辺の国とコンタクトを密にし、汚染、天候、事故などの情報をいち早くキャッチします。
白鳥号という調査船が活躍しています。

5.サケが帰ってくる
安全で安心できる食品を生産するのに効果的な方法は、生産の初期段階からHACCPによって厳重に管理を行うことです。従業員にも徹底的に教育し、研修会を開きます。ライダーなど季節雇用者にも同じように教育をします。

6.地元の人々に製品を紹介する
地元の人々に、自分たちの商品の素晴らしさを知ってもらうのが一番大切。標津町では、毎年小学校中学校の休職に町のイクラを提供しています。

このように、環境保全を目標においた地域一丸となっての取組みでもっとも重要なことは、多くの人々をひきつける政策というより、個人個人がどのような「気づき」「経験」をするか、だと思います。あるライダーは言いました。「アメリカで考え出されたHACCPがそのまま日本のシステムに合うとは思わない。私たちは、HACCPをよく勉強して分析し、それを地域や各工場に合うよう、変えていってオリジナルのシステムを作っていかなくては。」
また、港湾を管理していた人はいいました。「私は定年まで40年間森に木を植える仕事をしていました。人から、ただ木を植えているだけでお金をもらうなんて。と責められました。でも、今私は自分の仕事が標津の海を守るために重要だったとわかりました。」

こうした人々の経験、気づき、感動によってのみ地域HACCPは継続していきます。

北海道の環境破壊の歴史
工事中


 

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